北海道応援メッセージ − 鈴井貴之さん
東京にはない独自性を地方から発信
2007/06/30
「水曜どうでしょう」で全国区へ
●鈴井さん率いるクリエイティブオフィスキューは、今年で設立15周年。所属している大泉洋さんや安田顕さんなどの活躍も目覚しいものがあります。
ここ数年は活動の幅が全国区になり、一気に加速した感じがします。HTBの深夜番組「水曜どうでしょう」のブレイクがきっかけですが、正直、なぜこんなにウケたのかと思いますね。
開始から11年になりますが、スタートしたころは「半年で終わるだろうから、それなら自分たちの好きなようにやろう、中央と同じ手法で番組を作ってもしょうがない」とスタッフの誰もが思っていたんじゃないでしょうか。
「水曜どうでしょう」はジャンル的にはバラエティですが、僕らはドキュメンタリーに近いと思っています。例えば、移動中の車の中で僕と大泉君のやり取りを延々と撮り続け、時間切れになったらあっさりやめちゃう。結論もオチもあえてつくらない。そこにあるのは、事実だけ。でも、人生ってそうじゃないですか。ときたま偶発的に何かが起こるとしても、何もなければその時の空気をそのまま伝える。そんなリアリティが視聴者に届いたのかもしれません。
●全国のJリーグの選手たちが、人気の火付け役になったそうですね。
アウェイで札幌を訪れた選手たちが番組を見てくれていたそうです。「なんかヘンなのやってるぞ」って、たぶんそういうノリだったんでしょう(笑)。それがクチコミで各地に広がったと聞いています。番組が放映される水曜日に試合が多かったというのも幸運でした。
●これまでの道のりで、特に印象深かった出来事はありますか。
うーん、僕自身があまり過去にこだわらない性格なのか、はっきりコレっていうのがないんですよ。ただ、ファンの皆さんと触れ合えるトークショーのイベントなどは、いつも楽しいと思いますね。無名の時代から、よくぞここまで応援してくださったと、素直に感謝の気持ちでいっぱいです。辛かったという記憶も特になく、日々模索しながら前に進んできたという感じです。
自分たちで「行き先」を決めることの面白さ
●鈴井さんが一貫して地方発信にこだわる理由は?
11歳の時に8ミリを手にしてから、将来は映像の仕事に就きたいと考えていました。そうなると、東京へ行ってというのが一般的ですよね。ところが、大学受験で東京の志望校にすべて落ちてしまい、そのまま札幌残留。まずは演劇の世界に入って役者にでもと思ったら、周りからは「札幌じゃムリでしょう」と。この言葉に逆に燃えたというのがあります。根があまのじゃくなもので。
地元の大学を卒業し、事務所を立ち上げる30歳直前までバイト生活です。親にもまともな仕事に就けといわれたし、毎月のガス代にも困っていたほど。同世代は会社でもそこそこ中堅になって、車も買って…。
それでも、何かをつくりたい気持ちが失せることはありませんでしたね。おかげさまで「水曜どうでしょう」が少しずつ全国で話題となり、2001年に製作した初監督作品「man-hole」、その後に撮った2本の映画も国内外で評価されたことが、大きな励みになりました。
●北海道を拠点に、十分やっていけることが実証されました。
「北海道に一流はいるが、東京には超一流がいる」とよく言われますが、これに抵抗する気はありません。現在の日本文化の中心は東京だし。僕らはその隙間に上手く入り込んで、何か面白いことができればいいと思いますね。
中央の敷いたレールに乗れば、山でも海でも好きなところに行けるかもしれません。だけど、その列車には乗りたくない。行き先は自分たちで決めたほうが、圧倒的に自由で楽しいから。少しばかり売れたからといって、この先も僕らがリーダーシップを取るようなことはないと思いますが、もし僕らを見て、音楽を目指す若い人が「北海道から発信しよう」という気になってくれたらうれしいですね。
●所属の演劇ユニット「チームナックス」の存在も、道産子の誇りです。
大泉洋、安田顕、森崎博之、佐藤重幸、音尾琢真、この5人が結集したことは、ひとつの奇跡だと思うんです。メンバーひとり一人がクリーンナップを打てる役者であり、認知度は全国区になりました。
でも、彼らの存在は役者を夢見る人にとって、ある意味残酷かもしれません。誰もが彼らのようになれるとは限らないわけですから。今、北海道で役者をプロデュースするというハードは整いつつありますが、ソフトは天性のものであり、育てられものじゃない。夢を見ることは大事だけれど、逆にあきらめることも大事だと僕は思います。そこからまた次の夢に向かって、新しい方向性を見出せるのだから。
●先ほど映画のお話が出ましたが、4作目の構想はあるのですか。
これまでの3作はリアルな北海道を撮りたいという意識が強かったのですが、次回作はちょっと変わると思います。僕が思うリアルな北海道は、路地とか空の色とか、日常生活の中に溶け込んでいるごく普通の風景。でも、それを映像で見て喜ぶのは大方が地元の人たちで、大半はパーッときれいなラベンダー畑なんかを見たいんじゃないかと。これからは両者をしっかり捉えたものを製作しなくてはと思います。
そう考えるようになったきっかけは、2004年秋から05年にかけての韓国での映画修行でした。それまでの自分の作品を振り返ったり、映画のことだけに集中できた幸せな9カ月間でしたね。韓流スターでお馴染みのチャン・ドンゴンが主演する映画「タイフーン」の撮影現場で勉強させていただいたのですが、そのときクァク・キョンテク監督にいわれたんです。「世界は欧米に目が行きがちだけど、札幌には素晴らしい可能性がある」と。
確かに、アジアの中でもこんなに雪が降る地域は稀で、しかも200万近い人々が暮らす大都市はほかにありません。韓国に行ったことは、北海道を冷静に見るいい機会になりました。地方がゆえの井の中の蛙になってはダメですよね。
「CUE MUJIC JAM-BOREE inゆうばり」開催
●オフィスキュー15周年企画として、夕張でライブイベントがありますね。
今回は自分たちが演者としてではなく、いろんなアーティストとコラボレーションして何かできないかと計画していたんです。そんな矢先に夕張破綻のニュースを聞いて、じゃあ会場は夕張でいこうと決めました。
父の仕事の関係で夕張に実家があった時期もあり、郷愁めいた気持ちもありました。2本目の監督作品「river」では夕張ロケも行ったし、映画監督として映画祭にも参加させていただくなど、何かとご縁もあったんです。
イベントにはGLAYやBEGINをはじめとする一流アーティストに加え、チームナックスのパフォーマンス、大泉BANDも登場します。 「北海道を音楽で元気に!」が合言葉で、この町の若い人たちに「夢をあきらめないで」というメッセージを贈りたい。中学生や高校生があこがれのアーティストを生で、それも地元で見ることができたら、たぶん一生忘れないはず。そこから彼らの希望は広がるかもしれない。
イベントの実行にあたっても、地元の人たちと交流を深めながら僕らはそのノウハウを残し、それを若い世代に引き継いでもらう。都会じゃなくたって、いろんな可能性があると伝えたいですね。そんなイベントになればいいと思います。
●最後に、オフィスキューの今後についてお聞かせください。
今まで積み重ねてきたことに対し、リセットボタンを押す時期にきていると思います。気持ちをフラットにした状態で、改めて何が見えるのだろう、何ができるのだろうと考えてみる。僕らの仕事にはそうした目線も必要です。
誰かに「面白いね」といわれても、多角的に吟味する客観性を持たなければ。だって、渋谷の交差点に僕らがぽつんと立っていたとしても、気づかれないことの方が多いですよ。世の中を360度見渡すバランス感覚を失わずに、もっともっと勉強、まだまだ頑張らなきゃと思います。
すずい・たかゆき/1962年赤平市生まれ
大学在籍中に演劇の世界へ。1992年「クリエイティブオフィスキュー」設立。タレント・構成作家として「水曜どうでしょう」(HTB)ほか数々の番組を手がけるとともに、映画監督としての道を開拓。2001年の初監督作品「man-hole」は、第10回あきた十文字映画祭北の十文字賞ほか受賞。03年「river」、翌04年「銀のエンゼル」を発表し、国内外から高い評価を集める。最近では、「アルバイト北海道」などCMのプロデュースも行う。