道新ぶんぶんクラブ

北海道応援メッセージ − 熊川哲也さん
 バレエの魅力をより多くの人へ発信

2007/10/31

熊川哲也さん

遅いスタートから一気に才能が開花

●熊川さんは旭川生まれの札幌育ち。バレエを始めたのは、意外にも遅かったそうですね。

ええ、10歳の時です。バレエを習っているいとこの影響で、けいこや発表会を見て面白そうだなと。ジャンプを高く跳んだり回転するのが得意で、練習も好きでしたね。

祖父が自宅にけいこ場をつくってくれて、学校から帰ると毎日技の練習です。中学に入ると「バレエって男のやるものじゃないかも」と何となく感じながらも、踊るのが素直に楽しかったし、性に合っていたのだと思います。

●15歳でロンドンへ留学し、16歳でローザンヌ国際バレエコンクール日本人初の金賞受賞。その翌年には英国ロイヤルバレエ団へ入団と、みるみる才能が開花しました。

最初のうちは東洋人でも通用するのかとか、いろいろな面でチャレンジでした。それまでは習い事の延長だったのが、ダンサーとして世界に通用するプロになれたらいいなと意識するようになりましたね。

ソリスト、プリンシパルと昇格するうち、僕の公演をたくさんのお客さんが観に来てくださるようになり、バレエが芸術文化として日本でも広がりつつあるのだなと実感しました。

●現在はダンサーのみならず、ご自身が芸術監督を務める「Kバレエカンパニー」でのご活躍でも注目されています。

ロンドンで10年間踊り続け、やり尽くした感があった。違う世界も見てみたい、次のステップに進みたいと思うようになり、帰国してKバレエカンパニーを設立したのが99年です。ここでは、一部の上流階級受けするバレエ界重視というより、幅広い層のお客さんに楽しんでもらいたいと、エンターテインメント性の高い新しいジャンルの舞台製作にも挑戦してきました。

僕が芸術監督を務めるからには自分の色が強く反映されますし、ひとつひとつの作品に思い入れがあります。中でも、04年に「ラプソディ」がニューヨークのメトロポリタン歌劇場に招かれ、高い評価をいただいたのはうれしかったですね。

●ジゼル、海賊、ドン・キホーテなどの公演で、若い女性を中心とした新しいファンも増えました。

Kバレエカンパニーの公演は、古典芸術がもつ独特の湿度や空気感とは少し別のものだし、踊り方も違う。そこが若い人たちにバレエを新鮮な感覚で受け止めていただいている要素だと思いますが、僕自身にとってもいろいろ経験させていただいたおかげで、古典バレエを新たな目で捉え直すことができたのはプラスでした。

偉大な先輩たちが築き上げてきた芸術に対し、心から敬意を払うことができる。35歳にして、あらためて謙虚な気持ちに立ち返った感じです。そこに気づくことで、表現力にもさらに幅が出るのだと思います。


後進の育成にも力を注ぐ

●「Kバレエスクール」も主宰され、子どもたちの教育にも熱心ですね。

4歳から19歳までを対象としたオーディション制のスクールで、毎年全国から200〜300人の応募があります。合格率約10倍の狭き門ですが、世界で活躍できるプロダンサーの育成を目指して、僕が今まで経験してきたこと、見てきたことのすべて伝えられる環境を提供したいと考えています。

ただ、バレエは努力すれば誰もが一流になれるという確約はなく、人間性とは別のところでセンスや才能といったものが求められます。途中で脱落する生徒もたくさんいます。

●厳しい世界ですね。

プロを目指すからにはその子の将来を考えて、向いていないと思ったらはっきりいってあげます。でも、挫折は決してムダじゃないんですよ。ある時、負けを知ると人間は強くなる。僕なんかこれまで順風満帆で来て、今になってようやく人生の重みとか、謙虚であることの大切さが分かってきたところですから。このことを子どもたちには伝えたいですね。いろいろな意味でバレエは人間を成長させるものだと思います。

●熊川さんご自身のバレエ観というか、人生観はいかがですか。

僕が世間で注目されていることは、真摯に受け止めているつもりです。これからは自分のモチベーションをいかに維持していくかでしょうね。バレエが好きという気持ちを忘れずに、精神的な強さを保ち続けるというか。

例えば、スポーツ界で長く活躍してきたベテラン選手が「気力の限界を感じて」引退する姿を見ると、人ごとじゃないなと。日本では30半ばを過ぎると体力の限界だろうなんてささやかれますが、僕は人間の身体能力はそんなもんじゃないと思っている。どんな世界でも精神的弱さを克服することで、もっと高いところへ行けるのだと信じています。


初めてのケガ、そして11月の札幌公演

熊川哲也さん

●今年5月の「海賊」札幌公演でのアクシデント、多くのファンが心配しました。現在は順調に回復されているようで何よりです。

その節はご心配をおかけして、申し訳ない気持ちでいっぱいです。ジャンプの着地のタイミングがずれたことで、右足のじん帯損傷というケガを招いてしまったわけですが、その瞬間は立ち上がれなくなり僕も正直ショックでした。

でも、今はおかげさまで日常生活に支障がないくらい回復に向かっているので、安心してくださいね。ダンサーとして踊れないのはツライけれど、バレエに対する情熱は今までとまったく変わらないし、挫折感を味わったというものでもない。ケガは技術的な失敗であり防げるものですから、次の教訓として生かします。

●熊川さんがお休みされている間にも、今年度の朝日舞台芸術賞グランプリの中間選考会で「海賊」がノミネートされました。芸術監督としていかがですか。

舞台そのものの芸術性が評価されたのはうれしいことですが、僕が元気に踊っている時のノミネートなら、もっとうれしいんだけどなぁ(笑)。

●11月21日(水)には、北海道厚生年金会館での「白鳥の湖」公演が控えています。

厚生年金会館は12歳の時に初舞台を踏んで以来、成長の過程で思い出が詰まったステージ。僕がまだ出演できないのに呼んでくれるなんて、故郷のふところの深さを感じる思いで感動しましたね。「白鳥の湖」を札幌で上演するのは2年ぶりですし、僕も楽しみです。

芸術監督として舞台をしっかり見守りたいですね。この作品はストーリーも白と黒で明快だし、チャイコフスキーの音楽も素晴らしい。バレエ初心者の方にも親しみやすく、魅力を感じていただけると思いますよ。

バレエを鑑賞するのに難しい理屈はいらないんです。僕らの舞台を観て、何かを感じるか否か。それがすべてかな。お客さんの反応を後で知るのも楽しみのひとつで、こちらが発信したものを客席でしっかり受信してもらった。そんな手応えを感じたときが一番幸せですね。

●北海道のファンへメッセージを。

15歳まで札幌で育ったので、北海道は僕にとってマザーランド。5月の札幌公演の時もそうだったのですが、厚生年金の舞台に立つとお客さんの熱い気持ちがわーっと伝わってくるんです。気のせいかもしれないけれど(笑)。それくらい北海道には特別な思いがあります。

去年は東京からバイクで札幌まで帰ったし、20代の後半は5年連続自分で車を運転して帰っていたほど北海道好き。11月の札幌公演では、たくさんの皆さんにお会いできることを今から心待ちにしています。

くまかわ・てつや/1972年札幌市生まれ

熊川哲也さん

1982年、10歳でバレエを始め、15歳で英国ロイヤルバレエ学校留学。89年英国ロイヤルバレエ団に東洋人として初めて入団、17歳で最年少ソリストに。93年にはプリンシパルに昇格し、目覚しい活躍を見せる。98年に同バレエ団を退団。帰国後、99年にKバレエカンパニーを設立し、プリンシパルと芸術監督を兼任。年間公演数は約50回、観客動員数は年間延べ10万人と、世界の名門バレエ団とも肩を並べる勢い。04年にはNYメトロポリタン歌劇場にて「ラプソディ」を上演。芸術選奨文部科学大臣賞、朝日舞台芸術賞など受賞歴多数。

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