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ぶんぶんスタッフブログ

【2018/12/03】

ぶようさん

先日のTV番組で「北海道の偉人といえば?」との質問に、道産子の9割が「クラーク博士」と答えたそうです。
ただ博士が札幌には9カ月しかいなかったことは、ほとんどの人が知りませんでした。

同じく短期間に強い印象を残した人物に、蝦夷(えぞ)共和国初代総裁榎本武揚(たけあき)がいます。
彼がその任についていた期間は5カ月、箱館に幕府軍を率いて上陸してからでも7カ月でした。
歴女に人気の土方歳三と一緒に戦ったことでも知られています。
もっとも彼は19歳の時に箱館奉行の従者として北海道に渡っており、
また明治政府の開拓史としても北海道で活躍しました。
彼の足跡の多くはこの時代のものです。

現在の函館市には、榎本町・梁川町と彼にちなんだ地名が残っています。
「やながわ」の町名は彼の号、出生地にちなむ「りょうせん」に由来します。

小樽市には小樽駅から港へと下がってすぐに、
昭和のたたずまいが残る風情ある通りに梁川の名が付いています。
これは1873年に、このあたり一帯の20万坪の払い下げを受け開拓に注力し、
現在の小樽の礎を築いたことに由来しています。
駅の西側に建つ龍宮神社は彼が建てた社で、現在でも直筆の「北海鎮護」の献額や銅像があります。
街のメインストリートに大きな肖像の垂れ幕が掛かっていたこともあり、
市民には親しみをこめて「ぶようさん」と呼ぶ人も多くいます。













そして小樽と同時期に、彼は江別市対雁(ついしかり)でも土地の払い下げをうけ、農場を開いています。
そこは現在、江別市発祥の地とされ、彼が江別市の礎を築いたとされています。
当時対雁番屋のあった所に武揚の銅像(写真左)や発祥の地の碑(同右)があり、
榎本公園として整備されています。
公園は石狩川に沿った対雁通りから少し奥まったところにあり、
車で通ると見落としてしまいそうになりますが、かつて水運で栄えた江別をしのばせる場所です。
華やかな場所でなくとも、時間の重みが加わるとなんとなく楽しくなるものです。

紆余曲折のあった人生から評価の大きく分かれる榎本武揚ですが、
北海道に残した足跡はまだまだたくさんあります。
これからの長い冬の間に調べて、春からの歴史散歩はいかがですか。

2018・12・3(樽)