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北前船もっと観光に活用を 樽商大・高野学術研究員が講演

道新ぶんぶんクラブと小樽商科大学共催の教養講座「時代がよめる経済・ビジネス講座」の2回目が9月7日、札幌で開催されました。
「北前船と北海道-歴史的意義と観光資源化の課題」をテーマに、小樽商大グローカル戦略推進センターの高野宏康学術研究員が講演しました。

日本海経由で北海道と関西地方を結んでいた北前船は、函館の基礎を築いた高田屋嘉兵衛らの活躍によってよく知られています。
講座には100人を超える応募があり、抽選で選ばれた約40人の会員が参加しました。

高野氏は「北前船は各地の流通、人の移動、文化の伝搬に大きな役割を果たした」と、歴史的な意義を指摘しました。

北前船は、北海道と東北、北陸、関西と地域間の価格差を利用してばく大な利益を上げましたが、遭難のリスクも常にあり、「ハイリスク・ハイリターン」の経営でした。
北海道で消費する生活資材である木綿や酒、米など関西から運ばれる荷を「下り荷」、逆に綿などの肥料として需要があった鰊粕(にしんかす)のほかカズノコ、昆布などを積み、関西へと向かう「上り荷」があり、上り荷の方が利幅が大きく、下り荷に比べて10倍以上の利益が出ました。

また一般に北前船とは船の一つの形と思われがちですが、実際は数多くの形の船が存在しており、関西と北海道を結んでいた船による経営の形態を指すそうです。
北前船は、道南の江差や松前、函館に限らず、根室から択捉島(現在の北方領土)やオホーツク沿岸など全道各地を海のネットワークで結び、各地に計り知れない恩恵を与えました。

北前船の代表的な形である弁才船は、1枚の帆を操り、頑丈で逆風下でも前進できるなどの長所がありました。
明治になってからも西洋式帆船は建造費が高かったため、弁才船は活躍を続けました。
西洋型帆船の良さを取り込んだ2本マストの「合の子船」も登場し、昭和初期まで活躍したと当時の写真などを映しながら解説しました。

北前船の船主たちは、小樽で倉庫業を営んだり、銀行業や北洋漁業に進出するなどさまざまな道内企業を育てたことも紹介、知られていないその功績についても説明しました。
北前船の寄港地は日本遺産として認定されていますが、高野氏は「道内には北前船が育んだ文化や関連する建造物も多く、北前船の日本遺産を観光によるまちづくりにもっと活用すべきだ」と呼びかけました。

(写真説明)北前船の北海道への貢献について解説する高野宏康研究員