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第2回ぶんぶんステーション講座 札大で開催 日ロの懸け橋 大黒屋光太夫を追う

 第2回ぶんぶんステーション講座が10月2日、札幌大学で開催されました。江戸時代に遭難してロシアに漂着、年間約4万キロもの旅をして、両国の懸け橋となった船頭大黒屋光太夫がテーマで、札幌大学の川上淳教授と道新ぶんぶんクラブの相原秀起事務局長が対談しました。

 札幌大学公開講座との共催で、ぶんぶんクラブ会員や同大学生、地域住民ら約150人が参加しました。

 日本北方史が専門の川上教授は、前職の根室市教委の学芸員時代から、光太夫とともに1792年(寛政4年)10月に根室に来航したロシア最初の遣日使節ラクスマンについて研究しています。相原事務局長は北海道新聞の根室支局員時代に川上氏からラクスマン来航という歴史的事実を聞き、以来年にわたり、光太夫の足跡をシベリアなど国内外で取材してきました。

 川上教授は帆船エカテリーナ号で来航したラクスマン一行が冬を迎えたため、翌年5月まで8カ月間も根室に滞在し、対応した幕府役人や松前藩士らと交流した意義を解説。日本初のロシア語辞典の編さんや地図を貸し合ったり、ラクスマンが結氷した根室湾で日本初のスケートを披露したことなど、両国の貴重な文化交流の場となったと述べました。
 川上教授はモスクワの軍事古文書館で見つけた、ラクスマンの父親で博物学者キリル・ラクスマンと光太夫が共同で作った日本地図や根室湾の地図をスクリーンに写して、ラクスマンには「光太夫ら日本人漂流民の送還のほか、日本との通商関係の樹立や地理、港湾の調査など多くの使命があった」と説明しました。

 一方、相原事務局長はカムチャツカ半島での光太夫らの越冬地ニジニカムチャックやシベリアの中心地イルクーツクなど自らが取材した光太夫ゆかりの場所を写真で紹介。「当時もシベリアの旅は大変だったはず。仲間を励まし、いたわりながら旅を続けた光太夫のリーダーシップを改めて感じた」と語りました。
(写真上)大黒屋光太夫とラクスマンについて語る札幌大学の川上淳教授(右)と相原秀起事務局長
(写真右)ラクスマン一行が制作した根室湾の地図